Plate tectonics and mantle convection
 
プレートテクトニクスとマントル対流
9. 数値シミュレーションによるマントル対流の再現
 地震波トモグラフィーでは,マントル内部の温度に関係する画像を得ることが出来たが,実際にマントルの中はどのように動いているのであろうか?また,プレート境界の摩擦が減ると,本当にプレートの運動が発生するのだろうか?実験から求められた相境界の特性を持つとき,沈み込むスラブは本当に下部マントルへ落下するのだろうか?このような問いの答えを探す時,普通なら実験を使う.しかし,マントル対流を実験室の中で再現することは,その大きさからも,時間の長さからも不可能に近い.そこで,理論的な予測が非常に有用な道具となる.密度と粘性というマントルの物性を表す2つの式と,流体の運動と熱輸送を表す式と組み合わせれば,マントルの運動を理論的に予測することが可能となる.しかし,実際にはマントルの粘性や運動を表す式は複雑なので,高校の物理で出てきた問題のように紙と鉛筆だけで解くことはできない.そこで,コンピュータを使って,数値で式を計算して解くのである.このような方法を数値シミュレーションと呼ぶ.流体の数値シミュレーションは身近なところで大変役立っている.私たちの身の回りにある物質の多くが流体だからである.大気の運動を計算して天気予報や地球温暖化の予測をしたり,走る自動車のまわりの空気の運動を計算して,空気抵抗が小さく燃費の良い自動車を設計したり,様々な分野で利用されている.
 マントル対流の数値シミュレーションは大学でコンピュータが自由に利用できるようになった1970年頃から行われてきた.残念ながら,大気の運動のようにプレートやマントル全体の動きを一度に再現することはまだ不可能である (注33).これには2つの理由がある.1つはコンピュータの能力が不足していることである.プレートの境界はマントル全体の大きさ (数千km) に比べてとても小さい (数km)からである.小さな構造を再現するのは,温度や流速を計算する点をたくさん持たなければできない.そのためには,現在よりもっと高速なコンピュータが必要なのである.もう1つは,マントルの物性,特に粘性が複雑で,それを表す式が完全には分かっていないことである.このため,マントルの持つ様々な性質のうち,いくつかの性質だけに注目して,それ以外の性質は簡素化する.そして,注目した性質が,どのような対流を作り出すのかを調べるのである.現実の物が起こす現象を説明するために,ある性質だけを持つと考えた仮想的な物をモデルと呼ぶ.数値シミュレーションによって作られたモデルは,数値モデルと呼ばれる.
 このような簡素化されたモデルを用いても,プレートの運動がマントル対流の数値シミュレーションの中で実現できるようになったのは,ここ10年くらいのことである.ここでは,プレートの運動を実現するために必要な条件と,沈み込んだプレートがどのようにマントル最深部へ落下していくのか,数値シミュレーションを元に考えていこう.
 
 
(注33) 3次元モデルを用いてプレート運動を作り出すことを目指した研究もある.観測されたプレート運動を再現するためには,沈み込むスラブや下部マントルの密度を仮定して,流れを1ステップだけ解けばよいので,このような研究は多く行われている (文献10).