Plate tectonics and mantle convection
 
プレートテクトニクスとマントル対流
5. 地球だけにあるプレート運動
 ところで,流動の性質は粘性率で表せる,と書いたが,岩石の粘性率は水と比べて複雑な性質を持っている.その1つは,低い温度のとき,岩石は高い粘性率を持つ,ということである.低い温度では,鉱物の中の原子が動きにくくなるからである.これは,粘性率の温度依存性と呼ばれる.ちょうど,冷蔵庫に入れた蜂蜜が硬くなってしまうのと似ている.このことから,地球の表面付近にある岩石は,マントルのほかの部分と比べて粘性率が高い,すなわち硬いことが分かる.この硬い層こそがプレートである.硬いので,ほとんど変形せず,剛体の板のように振る舞うのである.
 
  地球以外の地球型惑星(水星・金星・火星)や衛星(月)でも,プレート運動が起きているのかと言えば,そうではない.火星や月などでは,小さいためにすでに冷えてしまっていて,活発なマントル対流は起こっていないだろうと考えられる.ところが,金星は地球と同じくらいの大きさを持つ.金星内部の平均密度も地球とほぼ同じで,熱源である放射性元素を含め,その物質の構成もほとんど同じと考えられる.このため,金星内部は地球と同じように熱く,活発に対流が起きていると考えられる.ここで,地球と金星の地形を比べてみよう.地球の地形  (図4)(注19) は、規則性を持つ. その規則性は,海洋と大陸の2つの地域からなることと,海洋の水深はプレートの年代によって決まっていること,の2つに由来する.しかし,金星の地形 (図5)(注20) には、地球と異なり規則性は見られない。 詳しく調べると,地球のようなプレート運動は起こっていないことが分かる.金星の表面は,全体が動かない1枚の硬いプレートに覆われているとも考えることもできる.金星では,なぜプレート運動が起きないのだろうか?反対に,地球は複数のプレートを持ち,地球のプレートが動けるのはなぜだろうか?
 この問いは地球惑星科学の最も重要な問題の1つであり,まだ完全な答えは分かっていない.しかし,重要な鍵は地球だけに存在する水であると考えられている.なぜ,水が重要であるかと言えば,沈み込み帯の逆断層やトランスフォーム断層を水が滑りやすくすると考えられるからである.断層で働いている力は摩擦力である.ところで,雨の降った日に自動車がスリップしやすくなるのは,なぜだろうか?スリップしやすいとは,タイヤと路面の間の摩擦が小さくなるということである.摩擦の強さは,(摩擦係数)×(垂直抗力 (注21))で決まる.水があると,水が自動車の重さの一部を支えてしまい,路面からタイヤに直接働く垂直抗力が減ってしまう.このため,タイヤと路面の間の摩擦が減ってしまうのである.これと同じことが,プレート境界でも起きるのである.水があると,プレート境界の断層にかかる垂直抗力を支えてしまうので,断層の摩擦が小さくなる.プレートに働いている力を見積もると,垂直抗力のほとんどを水が支えているらしいことが分かる (文献5).このため,プレートがぶつかり合ってもあまり大きな力を必要とせずに行き違いをすることができる.沈み込み帯で起きる地震は巨大なので,プレート境界には強い摩擦が働いていると想像していただろうと思う.しかし,プレート境界そのものに働く摩擦はプレートに働く力としては,大きいものではないのである (注22).
 
 
(注19) 地形のデータはNOAA (アメリカ海洋大気局) によるETOPO1 (文献6)を使用.ただし、南極大陸やグリーンランドなど氷床のある場所は岩石の地面ではなく,氷床の標高である.
(注20) 惑星探査機マゼランのレーダー観測により得られた.色は金星の中心からの距離を表す.金星の平均半径は6052 kmである.画像はNASA(アメリカ航空宇宙局)による (文献7).
(注21) 自動車の加重に対する地面からの反作用の力である.
(注22) 沈み込み帯の断層付近では広い範囲でプレートに弾性変形が起こり,非常に大きな弾性エネルギーが蓄えられる.巨大地震はそれを一度に解放するので,膨大なエネルギーを放出し,強い地震動や津波が起こるのである.
図4: 地球の表面地形
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図5: マゼラン探査機によって得られた金星の地形
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