スタグナントスラブの形成と崩落
図:スラブとマントル相境界の相互作用
 地震波トモグラフィーによると、沈み込んだプレート(スラブ)は660km境界付近にいったん溜まってから下部マントルへ落下して行くように見える。これをスタグナントスラブ (滞留するスラブ)と呼ぶ。スタグナントスラブの原因は負のクラペイロン勾配を持つ660km相境界の浮力が原因であると考えられるが、その大きさはスラブに働く重力(負の浮力)と比べて小さい。このため,スタグナントスラブを形成には相転移以外のメカニズムが必要である。
 前のページの沈み込みモデルを基本として、沈み込むスラブとマントルの相境界との相互作用を計算した。図はスラブのレオロジーと相境界の密度差とクラペイロンスロープを変化させた3通りの場合についての結果である。上から下へ時間が経過する。時間の単位Myrは百万年で、23.5は2千3百5十万年を表す。ここで、色は温度を表わし、青が低温、赤が低音を表す。すなわち、青〜白の部分はプレート及び沈み込むスラブを表す。点線は410kmと660kmの相境界で、下の点線より上が上部マントル、下が下部マントルである。2つの点線に挟まれた層がマントル遷移層と呼ばれる。これらのモデルでは、プレートやプレート境界は自由に運動できる。
 海溝が沈み込むプレート側へ後退するとき、スタグネーションは起きる。スラブ先端が660km相境界と衝突するにもかかわらず、海溝後退によってスラブ先端付近の応力が小さくなるからである。リンク先の図は、スタグナントスラブ形成から下部マントルへの落下に至る過程における応力の時間変化を表す (赤が応力の大きい場所である)。図の(a)から、スタグナントスラブ形成時にはスラブ先端の応力が大きくなっていないことを観て取れる。これは、次のようなメカニズムであると考えられる。スラブ、すなわち海溝の後退は、海溝に視点を固定して考えると、下部マントルがスラブの先端を海溝と離れる方向に引きずるのと等価である。同時にスラブを下に凸にするような変形も起きる((a)の矢印で示した赤の部分)ので、スラブが相境界に衝突する角度も浅くなる。一方、エネルギーという観点から、海溝後退は、スタグナントスラブ形成時にスラブを変形させるエネルギーをスラブの位置エネルギーから取り出している過程であると考えることができる (Nakakuki and Mura, 2013)。というのは、スラブの後退は、スラブがマントル中へ落下していく運動であるからである。
 (Case 1) 相境界の密度差がかんらん石100%でクラペイロンスロープは-2MPa/K、かつスラブは硬い。この場合は相境界の浮力によりスラブは滞留する。筆者は相境界の浮力が主たる原動力の滞留を相浮力型スタグネーションと呼んでいる。このモデルでは、スラブの硬くて変形できないので、重力不安定が短い時間で発生しない。同時に横たわるスラブが一旦形成されると、相境界の凹んでいる幅が広くなる。このため、相境界の浮力はスラブが縦に衝突しているときよりも大きくなる。従って、スラブは熱的に同化するまで滞留しつづける。(Case 2) 相境界の密度差がパイロライトモデル(かんらん石60%)で、下部マントルスラブの強度の低下が起きる場合。クラペイロンスロープは-3MPa/K。下部マントルに沈み込んだ鉱物の結晶成長が遅いことにより粘性が低下し、強度を失ってる(粘性がスラブの周囲のマントルと同じになっている)と仮定した。この場合にはスラブは相境界の浮力により、いったん滞留するが、スラブの折れ曲がりが生じることにより数千万年程度の時間で重力不安定(レイリー・テイラー不安定)が成長し、下部マントルへ落下し始める。このとき、スラブ内の応力が660km相境界まで大きくなる (図の(c))。このような応力の時間変化は、深発地震の深さの変化 (Fukao and Obayashi, 2013)と調和的である。3次元の時はおそらく円筒状(プルーム)になると考えられるので、筆者はコールドプルーム型崩落と呼んでいる。(Case 3) 相境界の密度差がパイロライトモデル (かんらん石60%) で、 クラペイロンスロープは-2MPa/K。 遷移層スラブで少し強度が弱く (粘性率が2桁低下) と下部マントルスラブの強度がさらに低下している。相境界の浮力が前のモデルより弱いのでスラブが中途半端に相境界に引っ掛かる。このとき、スラブが曲がって湾曲した形が残ったままになっていることがスラブを滞留させる主な原因になっている。このため、形状記憶型スタグネーションと呼んでいる。水平になったスラブは下部マントルをゆっくり落下する。
 
関連論文
 
田島文子・中久喜伴益・吉岡祥一 (2005) スタグナントスラブに伴うマントル構造の地震学的解析と数値シミュレーション, 地震, 58, 121-141, doi:10.4294/zisin1948.58.2_121.
 
M. Tagawa, T. Nakakuki and F. Tajima (2007) Dynamical modeling of trench retreat driven by the slab interaction with the mantle transition zone, Earth Planets Space 59, 65-74, doi:10.1007/s00024-007-0197-4.
 
Y. Fukao, M. Obayashi, T. Nakakuki and Deep Slab Project Group (2009) Stagnant slab: a review, Annual Reviews of Earth and Planetary Sciences 37, 19-46, doi:10.1146/annurev.earth.36.031207.124224.
 
T. Nakakuki, M. Tagawa, and Y. Iwase (2010) Dynamical mechanism controlling formation and avalnche of a stagnant slab, Physics of Earth and Planetary Interiors, 183, 309-320, doi:10.1016/j.pepi.2010.02.003.
 
D. Yamazaki, T. Yoshino and T. Nakakuki (2014) Interconnection of ferro-periclase controls subducted slab morphology at the top of the lower mantle, Earth and Planetary Science Letters, 403, 352-357, doi:10.1016/j.epsl.2014.07.017.
 
T. Nakagawa and T. Nakakuki (2019) Dynamics in the uppermost lower mantle: Insights into the deep mantle water cycle based on the numerical modeling of subducted slabs and global-scale mantle dynamics, Annual Reviews of Earth and Planetary Sciences, 47, 41-66, doi:10.1146/annurev-earth-053018-060305.
 
 
 
「スタグナントスラブ:マントルダイナミクスの新展開」 
 
文部科学省科学研究補助費特定領域研究「スタグナントスラブ」ホームページ
 
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