地震波が通ってくる場所に地震波を伝える速さ(地震波速度)が大きい(小さい)物質があると,地震波はより短い(長い)時間で観測点に到達します。このことを利用して,たくさんの地震波の到達時間(走時と言います)を調べると,地下の地震波速度の分布の画像を作ることができます。これを地震波トモグラフィーと呼びます。これはちょうど,医療機関で用いられるX線CTスキャンと同様の原理です(CTは"computed tomography",すなわち「コンピュータ断層撮影」の省略形です)。X線CT装置は,X線を様々な方向から身体に当てて透過するX線の強度を測定することにより,X線吸収率の断面や3次元の画像を作成します。X線CTスキャンの画像は,臓器や骨の異常を発見し,病気や怪我を診断するのに役立ちます。では,地震波トモグラフィーで分かることは何でしょうか。地震波はプレートのような冷たくて硬い部分ほど速く,プルームのように暖かくて柔らかい(と言っても,岩石にしてはという意味ですが)部分ほど遅く伝わります。また,マグマや水が存在する場合にも地震波速度は低下します。つまり,地震波トモグラフィーによって,地球内部の温度分布やマグマや水のある場所を推定することができます。さらに,推定した温度から,マントル対流の様子を予測することができるのです。
【ミニ地震波トモグラフィー】
ここでは,与えた地震波速度構造が地震波トモグラフィーによって本当に再現できるか簡単なモデルによって実験していました。2022年6月をもって,Java Appletが動作するブラウザがなくなってしまいました。
シミュレータ動作画面を動画キャプチャにしておいたので,これをご覧ください。
《試し方》
左が実際の構造で,右が推定された結果です。
(上の逆三角印5か所で観測された波の走時をもとに地下構造が計算され,右側に表示されます。なお,ブロック1つの大きさは1km×1kmとしています。上の数値は地震波の到達時間を表示しています。)
横方向に伝播する地震波がないので,縦方向に長い構造はうまく再現できますが,横方向に長い構造はうまく再現できないことに注意してください。つまり,左から2番目を3つ縦に真黒にするとどうなるのか試してください (結果)。右側を見ると,これはうまく再現できるはずです。次に上から2番目のブロックを横に3つ真黒にしてみてください。どうなるでしょうか?
【手法の解説】
一つ一つの波線(震源から観測点まで波が伝わる方向に沿って結んだ線)に i = 1,…,m の番号を付け,各ブロックに j = 1,…,n の番号を付けます。観測値(到達時間) Y[i] と, 未知の構造(速度の逆数:スローネスとよびます) X[j] の間の関係が線形であるとすれば
Y[1] = A[1][1]*X[1] + A[1][2]*X[2] + ... + A[1][n]*X[n] Y[2] = A[2][1]*X[1] + A[2][2]*X[2] + ... + A[2][n]*X[n] ... ..................... Y[m] = A[m][1]*X[1] + A[m][2]*X[2] + ... + A[m][n]*X[n]と表すことが出来ます。ここで,係数A[I][J]は地震波がブロック内を通る長さになります。行列とベクトルを用いてまとめて書くと,
y = A x
となります。xが求まれば,構造を知ることが出来たことになります。このとき,観測値と未知数の数は必ずしも同じではないので,最小二乗法を用います。つまり,観測値 y と 推定した観測値 ye = A x との差の2乗和を最小にするような解 x を求めます。具体的には, A の転置行列 ATを両辺に掛けて出来る連立1次方程式
ATy =ATA x
を解いて x を求めます。
ここでは,波線が直線であると仮定,すなわち各ブロックを通過する距離があらかじめ分かっているとして計算を簡単にしているのですが,実際の地震波トモグラフィーではもう少し面倒になります。というのは,地震波速度が変化すると屈折率も変化するため,波線の位置や長さ,さらに震源の推定位置までもが変わるからです。このため,地震波速度変化による影響を線形化して最適解を求め,これを次々と繰り返す方法をとります。
【マントルの地震波トモグラフィー】
マントルの地震波トモグラフィー画像の多くは,地震波速度そのものでなく,その深さでの平均の地震波速度よりもどれだけの割合で地震波速度がずれているか(地震波速度異常)によって表されています。図は,海洋研究開発機構のcsmap (現在非公開)を用いて作成した,GAP_P4モデル(Obayashi et al. 2013; Fukao and Obayashi, 2013)に基づく伊豆小笠原から沖縄にかけての断面です。色(赤・青)が地震波速度異常を表しています。震源(図中の白丸)を含む青い部分が伊豆小笠原海溝と琉球海溝から沈み込むプレートであると考えられます。この図のように,マントルの地震波速度異常は最大でも数パーセント程度であり,その水平の変化は,地震波速度そのものや垂直変化に比べて非常に小さいことが分かります。地震波速度で見るとわずか数パーセントの違いですが,それを作り出す原因となっている温度の違いは数100°Cにもなります。
実際の地球内部では,地震波は屈折によって鉛直方向よりも水平方向に長い距離を伝わります (図は田島・他, 2005より。図中の曲線が波線,星印は震源,三角は観測点)。このため,地震波トモグラフィーはスタグナントスラブ(図の青〜白の部分が低温のプレート)やマントル最深部の温度異常 (図の下部にある赤と青のかたまりの部分)のような水平方向に大きな構造のほうが捉えやすく,反対に,上昇するプルーム(図の下部にある赤いかたまりから上に伸びている細長い高温部分)のような鉛直方向に細長い構造は捉え難いと言えます。また,この図において,2つの沈み込むプレートがマントル遷移層で繋がっているように見えるのは,波線の方向に速度異常が滲みがちなことによる見かけのものであると考えられます。
地球のマントルへ応用した他の例は,下記を参照下さい。
・Seismic Tomography Globe Dagik Earthのサイト。地震波トモグラフィーの3次元画像をインタラクティブに操作できます。
・Hades Underworld Explorer Atlas of the Underworldプロジェクトのサイト。任意の大円に沿った断面図を作成できます(英語)。
地震波による地球内部構造の研究や地震波トモグラフィーの地球ダイナミクスへの応用については,下記を参照下さい。
・「地震学最前線:地震波は地球内部を照らす」 海洋研究開発機構・末次大輔さん
(日本地震学会広報誌「なゐふる」第0, 1, 2, 5, 8, 13, 15号に連載)
・「マントル内部の3次元構造を見る」〜当サイト「プレートテクトニクスとマントル対流」
・「ジオイド異常に対する粘性の水平不均質の影響」〜当サイト
T.M. (中久喜が加筆・修正) 1997年1月16日(2019年3月)