スラブの後退と背弧海盆の形成
図:スラブとマントル相境界との相互作用と背弧海盆の形成
 日本海のように沈み込み帯の島弧の大陸側すなわち背弧にある海を縁海と呼び、その海底を背弧海盆という。そもそも、2つのプレートが衝突する沈み込み帯で伸張応力場である海洋底の拡大が起きるメカニズムは何だろうか?前のページで紹介したスタグナントスラブと背弧海盆の分布はとてもよく相関しており、両者の形成メカニズムには関連性があると考えられる。スタグナントスラブのシミュレーションでは、沈み込むスラブが後退することがスタグナントスラブの形成に決定的な役割を持つことを示した。ここで、スラブが後退する際、上盤(大陸側)プレートがあまり動かず、背弧側のリソスフェアの強度が十分弱ければ背弧の拡大が起こるであろうと考えてシミュレーションを行った。上の図はその結果の一例である。前のページのモデルとの違いは、上盤(大陸側)プレートが固定されていること、島弧のリソスフェアが水によって強度が低下すると考えたことである。図は等高線が温度構造、点線が相(深さ410kmと660km)を表す。赤く塗ったところは大陸地殻である。上から下へ時間が経過し、4つの時間での様子を表す。スラブが660kmにある相境界にさしかかるとスラブは自重により後退を始め、背弧側のリソスフェアが引き延ばされる。このとき、一続きであった大陸地殻が引きちぎられて、新しい海洋プレートが大陸と島弧の地殻の間に作られる。日本海のような縁海はこのようなメカニズムで作られたと考えられる。
 スラブの沈み込み方向と垂直な方向における力のバランスは、 スラブの自重(負の浮力) とスラブが沈み込む方向に運動することで発生するマントルウェッジ(スラブの右上の三角の領域)内の圧力の低下との釣り合いによって成立している。この図はスラブへ働く力である。ここで、Gは負の浮力(重力)、RBはGのスラブに垂直な成分、SPはスラブプル(Gの沈み込み方向成分)、SRはスラブ抵抗(沈み込むスラブに対するマントルの粘性抵抗)、CRは大陸抵抗(低角逆断層の摩擦)、SUはスラブ吸い付け力(低角逆断層を介して上盤プレートが沈み込むプレートをプレート運動と同じ方向へ引いたり、反対に押したりする力)を表す。ウェッジ内の圧力の低下による力は、図のWFとして表されている。スラブは、沈み込み運動によって狭いウェッジ内のアセノスフェアを粘性的に引きずって掻き出している。これによって、ウェッジ内が空っぽになりそうになるので、ウェッジ内の圧力は低下する。このことにより、右上向きの力WFを発生する。WFとRBにより沈み込み垂直方向のバランスが成立し、傾いたスラブは支えられ、沈み込み垂直方向へ移動しにくい。スラブが660kmにさしかかると、相境界の浮力の効果で沈み込む速度が小さくなる。このとき (だいたい6cm/yr以下)、その圧力低下量が減少し、WFも小さくなる。このままでは上向きの力が不足するため、スラブの後退が発生する。力のバランスは、低角逆断層やアセノスフェアにスラブの後退によって発生する応力や圧力によって成立する。
 ところで、スラブの後退に伴うウェッジ内の圧力低下は、上盤プレート下のアセノスフェアにウェッジ方向に向かう強い流れを引き起こす。この流れは、上盤プレートを沈み込み帯方向に引きずる力を発生する。この図は前のページの図のモデルと同様な上盤プレートが自由に動くことができるモデルである (上から速度・粘性率と相境界・水平応力と流線を表す。応力は赤が圧縮、青が伸張である)。図の右側の流線が多いことから、速く動いている沈み込むプレートの下よりも上盤プレートの下で速い流れが発生していることが分かる。このため、上盤プレートが海溝方向へ引きずられて背弧応力は圧縮となり、背弧拡大は起こらない。上盤プレートの動きにくさということも、背弧海盆が作られるかを決めるのに重要であることを示唆する。
 
関連論文
 
T. Nakakuki, and E. Mura (2013) Dynamics of slab rollback and induced back-arc basin formation, Earth Planet. Sci. Lett., 361, 287-297. doi:10.1016/j.epsl.2012.10.031
 
A. Nakao, H. Iwamori and T. Nakakuki (2016) Effects of water transportation on subduction dynamics: Roles of viscosity and density reduction, Earth and Planetrary Science Letters, 454, 178–191, doi:10.1016/j.epsl.2016.08.016
 
「プレートテクトニクスとマントル対流」 
 
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